大判例

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大津地方裁判所 昭和39年(わ)506号 判決 1965年8月06日

被告人 石川清嗣

大元・八・二八生 会社役員

主文

被告人を禁こ一年六月に処する。

ただし本裁判確定の日より三年間右刑の執行を猶予する。

被告人に対する昭和四〇年二月一二日付起訴状記載の公訴事実については無罪。

証人田中昇に昭和三八年一〇月七日支給した費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は昭和三八年四月一七日施行の滋賀県議会議員選挙に際し、同年三月中頃滋賀郡から立候補することを決意したが自己の当選をうる目的をもつて、自己の選挙運動者である田中昇に対し、自己の選挙区内の選挙人に対する投票買収の資金等として、立候補届出前である

第一、同年三月一九日ころ、同郡志賀町大字北浜一三二、被告人の自宅において現金一、〇〇〇、〇〇〇円を

第二、同月二四日ころ、同町大字今宿二七三番地、田中昇方で現金四七〇、〇〇〇円を

第三、同月二八日ころ、同町大字今宿「木の下屋」旅館において現金一、四八八、〇〇〇円位を

それぞれ交付するとともに立候補届出前の選挙運動をしたものである。

(証拠)

(略号)

前出秀応(k)=前出秀応の司法警察職員に対する供述調書

田中昇(k、38・5・28)、(k、38・5・11ト)=田中昇の検察官に対する昭和三八年五月二八日付供述調書、同年同月一一日供述調書謄本

一、捜査関係事項照会書、同回答書三通

二、中西正一(k)、前出秀応()、鳥塚敏久()

三、竹端忠七(k、第四項を除く)、石川昭和(k)、田中昇(k、二通)

四、被告人(k、四通)

本件二審判決が原判決を破棄、差戻した理由の要旨は

「公職選挙法第二二一条第一項第五号の「交付を受け」た者が更に交付者の意を体し選挙人らに供与又は饗応接待すれば交付者、受交付者間においては既に金銭授受の際、互にその意思を通じているのであるから特段の事情の認められない限り、両当事者は共謀のうえ選挙人らに対し、供与または饗応接待をなしたものと認むべきであり、交付者は右受交付者の供与罪の共同正犯者となり、さきの授受(交付および受交付罪)はこれに吸収され、別罪を構成しないものと解すべきである。本件につきこれをみるに被告人は自己の当選をうる目的をもつて選挙運動者である田中昇に対し、選挙人を買収せしめる資金等として本件各金員を手交したが、右金員を授受する以前田中昇、被告人の両名は吉川孫右衛門を訪れる等なし選挙対策殊に各地区別の獲得票数の予定ならびに買収等の選挙運動の方策をたてたり、あるいは対立候補を断念させる等の方法まで話合い、これが資金として被告人において約三〇〇万円を調達支出し、右運動に関する金銭の支出は一切田中昇において行い、殊に金銭の支出を伴う選挙運動(買収等の違法な運動)は一切被告人において関係しないことゝする旨の協議をもしたことが記録上散見でき、しかも田中が支出した金員のうち、橋本由之助、竹端競、下尾伊名太に供与した金員については被告人もこれを指示するなどして関与していることがうかゞいうるところである、もし本件の金員授受の際、被告人と田中昇とが謀議したとおり田中が供与したものであるとすれば、被告人と田中昇との共謀による公職選挙法二二一条一項一号の供与罪が成立し、被告人が田中昇に金銭を交付した交付罪はこれに吸収され、供与罪のみ成立するものと解すべきところであるから、原判決が本件各金員の授受を買収費の授受であると認定する以上、右謀議の点のみでなく、実行行為担当の田中のなした供与の各事実について更に証拠を取り調べて究明しない限り、本件の行為が交付罪に止まるのか、又は共謀による供与罪を構成するに至るのか判定しえないものである」

というのである。

一、田中昇(k、38・5・28)、(k、38・6・3)、(k、38・5・11・ト)、(k、38・5・16・ト)、(k、38・5・22・ト)、(k、38・5・25・ト)、(k、38・5・29)、(k、38・6・1・ト)

二、証人田中昇、同下尾伊名太、同猪飼文吾の当公廷における各供述

三、南勘之助(k、三通)、森田喜一郎(k)、田中誠三(k、ト)、紀戸清次(k)、馬場敏(k、ト)

四、田中昇、紀戸清次、下尾伊名太、森田喜一郎、猪飼文吾、田中誠三に対する各判決謄本ならびに裁判確定報告と題する書面

を総合すると、田中昇は被告人から交付を受けた

判示第一の一〇〇万円の金員のうちから

(1)昭和三八年三月二〇日ころ、被告人の選挙区の選挙人紀戸清次に被告人のための選挙運動の報酬等として現金三〇万円を供与し

(2)同日ころ、同選挙区の選挙人下尾伊名太に前同趣旨で現金三五万円を供与し

(3)同月二一日ころ、同選挙区の選挙人馬場敏に前同趣旨で現金一五万円を供与し

(4)同月二二日ころ、下尾伊名太と共謀のうえ、同選挙区の選挙人田中誠三に前同趣旨で現金二万円を供与し

判示第一の一〇〇万円ないし判示第二の四七万円のうちから

(5)同月二五日ころ、同選挙区の選挙人森田喜一郎に対し前同趣旨で現金五万円を供与し

(6)同月二八日ころ、同選挙区の選挙人猪飼文吾に前同趣旨で現金二万円を供与し

判示第三の一、四八八、〇〇〇円のうちから

(7)同月二九日ころ、同選挙区の選挙人であり被告人の本件選挙における出納責任者になることを予定されていた南勘之助に対し、法定選挙費用六〇万円のほかに、買収資金として現金四〇万円を交付し

たことが認められ、被告人が田中に交付した判示第一ないし、第三の合計二、九五九、〇〇〇円のうち、田中昇が右南勘之助に法定選挙費用として渡した六〇万円と買収資金として供与ないし交付した前記(1)ないし(7)の合計一三〇万円とを差引いた残一、〇五八、〇〇〇円は買収資金として使われたのではあるけれども、田中昇が

(1)昭和三八年三月二九日和迩農協から引き出した一〇万円

(2)同年四月四日和迩農協から引き出した一〇万円

(3)同月一〇日石川昭和から受け取つた五〇万円

(4)同月一二日和迩農協から引き出した二〇万円

と一緒に手提かばんの中に入れていたため混同してしまい、被告人から交付された判示第一ないし第三の金員のうちの前記一、〇五八、〇〇〇円については買収資金として使われたということは分つていても誰に供与した分に使われたか金の行先を究明することができない(それは警察や検察官の捜査がまずかつたからではない)。すなわち、被告人が交付した判示第一ないし第三の金員の合計二、九五八、〇〇〇円のうち、法定選挙費用の六〇万円を差し引いた残二、三五八、〇〇〇円は買収資金として使われたのであるのにかゝわらず、そのうち供与先の判明しているのは前記のとおり一三〇万円で全体の五割五分にすぎず、残の四割五分は供与先が判明しないわけである。「受交付者が交付された金員を交付された趣旨に従つて第三者に供与した場合には交付者、受交付者の共謀による供与罪が成立し、交付罪はこれに吸収されて別罪を構成しない」という見解をとつた場合、本件の如く受交付者の別の金と混同したため一部分しか供与先が分らないという場合、残の部分についてはどういうことになるのであろうか。本件は五割五分供与先が判明するからまだしも、場合によつては一分しか分らず残九割九分は買収資金として使われたということは分つていても具体的に供与先が判明しないという場合もありうる。このような場合供与先の分つた分だけは交付者、受交付者の共謀による供与罪が成立し、供与先の判明しない分は交付罪として残るというのも論理的でない(なんとなれば、全額供与に使われているのであつて、たゞ証拠上供与先をつきとめえないというに過ぎないのである)。また弁護人は当審第一回公判(昭和四〇年二月一二日)において、供与先不明の分については、証拠不十分で無罪であるとの法律上の見解を述べているが、交付罪は供与罪に吸収され、しかも供与罪は証拠不十分で無罪というのであつては、昭和九年当時の衆議院選挙法の一部改正により、供与よりも前の段階である交付の段階をもつて罪となるべきものとして交付罪が新設された趣旨は全く没却されることになる。また受交付者が交付者をかばう意図をもつて交付を受けた金員を始めから自己の資金とわざと混同し、どの金が供与されたのか分らなくしてしまえば交付金員全額が買収に使われたということは分つておりながら、交付者に対しては受交付者と共謀による供与としての責任は全然問いえない結果になる。その不当なることは明らかである。また受交付者のなした供与のうち、日時の早いものから順番に受交付金額に満ちるまでの分を共謀による供与罪とするというのも論理的でない。さればと言つて、被告人が田中昇に交付した判示第一ないし第三の金員のほか田中が和迩農協から引き出した金、石川昭和から受け取つた金の合計九〇万円をも含めた全額につき田中昇との共謀による供与罪としての責任を負わせることもまた不当である。本件のごとき場合交付罪と供与罪との関係をいかに解すべきかにつき本件二審判決の判文からはうかゞいえない。差戻しを受けた当審としては、本件二審判決の判断に拘束されるわけではあるが、本件二審判決は交付された金が受交付者の別途の金と混同することなく、その供与先の判明している場合の普通一般の場合を前提としての判断と解する。本件のごとく受交付者の別途の金と混同したため、被告人の交付した金員中法定選挙費用をのぞいた二、三五八、〇〇〇円中四割五分がその供与先を確定しえないという場合に、なお右のごとき一般論をとると前記のごとく甚だしく不都合な結果となる。まさか本件二審判決はこのような不都合な結論を是認する趣旨ではあるまい。したがつて当審としては、本件二審判決の趣旨は被告人の交付した金が全額ないしはその大部分が供与先判明していることを前提として、交付者、受交付者の共謀による供与を認定すべきものとの判断を示したものと解する。なお二審判決も「『特段の事情の認められない限り』当事者共謀の上供与したものと認むべきである」と言い、また「実行行為担当の田中のなした供与の各事実について更に証拠をとり調べて究明しない限り、本件行為が交付罪に止まるのか、または共謀による供与罪を構成するに至るのか判明しえない」と言い、必ずしも「共謀による供与罪」と認定すべきものとはしておらず、供与罪と認定すべきか、交付罪と認定すべきかにつき、当審に判断の余地を残しているのである。そこで当審としては証拠調の結果右の様な理由により前記証拠の標目冒頭記載の一ないし四の証拠により判示記載のとおり原一審判決と同様三個の交付罪成立するものと認定する。

(なおこの際、交付罪、受交付罪、供与罪の関係についての当裁判所の見解を附言すれば次のとおりである。

受交付者が交付を受けた金員を更に下部の者に供与した場合、受交付者としては爾後の供与を前提としての受交付なのであるから、受交付だけでは「受交付者の行為」としてはいまだ進行中である。ところが交付者は金員を交付した時に「交付者の行為」としては完了しているものである。すなわち一はまだ進行中であり、一は既に完了しているものである。したがつて交付、受交付、供与とつゞいた場合受交付罪が供与罪に吸収されるのはよいとしても(この点は既に判例法として確立しているものと言つてよい)、交付罪まで供与罪に吸収されるという見解は再検討を要するのではなかろうか。先に述べたように、交付した全員がそのまゝ供与された場合には、交付罪も交付者、受交付者の共謀による供与罪に吸収されるとしても、別に不都合な結論にはならないが、受交付者が交付された金員と自分の別の金と混同して交付金の行く先が確定できないという場合に交付罪は供与罪に吸収されるとの見解をとると収拾のできない不都合な結論になつてしまう。ということは、交付罪も供与罪に吸収されるという理論に欠陥があるのではないかと考える。前記のとおり「交付者の行為」は交付の時に完了するが「受交付者の行為」は受交付だけではなお進行途上にあるという両者に差異があることを考えると受交付罪は供与罪に吸収されるが交付罪は供与罪に吸収されないとするのがよいのではないかと考える。(最近東京高等裁判所でも本件二審判決と同様交付罪も供与罪に吸収されるとの判決がなされているが(昭和三九年六月一六日判決、高裁刑集一七巻五号四五五頁参照)、右は交付された金員がそのまゝ供与された事案である)

なお、交付罪も供与罪に吸収されるとなると受供与者を全部証人として調べないと罪となるべき事実の認定ができず、量刑もできないということになる。従来の選挙違反被告事件についての従来の例から言うと、供与罪が訴因になつている被告事件で、受供与者の検察官に対する供述調書は不同意となるのが通例であり、したがつて受供与者を証人として調べるということになる。数十人に供与したという場合には取調べる証人の数は数十人ということになる。それだけの証拠調をしなければ事実認定ができないというのであればそれもやむをえぬところである。受交付者がその金を供与した場合、いかなる人にどの様に供与したかを調べねば、受交付者の供与罪(受交付罪は供与罪に吸収される)の事実認定も、したがつて量刑もでてこないけれども、交付罪は交付した段階で既に罪になるものとして、交付罪の設けられた趣旨から言つて、交付の金額、回数、方法、動機等が分れば、交付罪としての量刑は十分可能なことである。交付者が当選人、総括主宰者、出納責任者である場合には事件受理後百日以内に判決する様要請せられているが、受交付者のなした供与の各受供与者全員を証人調べしなければならぬとなると到底百日以内に判決することは望みえないことである。このことは交付罪が交付者、受交付者共謀による供与罪に吸収されるかどうかという解釈をきめる手がかりとなる事柄ではないかも知れないが、併せ考慮されてよいことではなかろうか。)

被告人ならびに弁護人は、判示第二、第三の金員は、明治乳業からの建物買受、移築等の費用として田中昇に渡したものであると主張するけれども、原一審第一〇回公判調書中、証人熊谷武弥の供述記載によると昭和三八年三月ころ、明治乳業健康保険組合が保養所を作るために志賀町所有の土地、建物を買い受けるが、建物は不用なので、当時志賀町議会議長をしていた被告人の関係会社が明治乳業の右組合から買い受けるという話合いがなされつゝはあつたが、まだ具体的に契約成立の域には達していなかつたことが認められ、原一審第一〇回公判調書中被告人の供述記載(記録五八五丁)、被告人の当公廷における供述ならびに被告人(k、38・5・27)を総合すると、被告人に対する検察官の取調べは被告人が糖尿病であつたので、寝たまゝでの取調べがなされたこともあり、無理な調べはなかつたこと、被告人が否認した部分は否認したまゝの調書がとられていること、明治乳業より建物買受代金という話は被告人の検察官調書には全然記載されていないことが認められる。右の様に検察官は被告人の病気を顧慮しねたまゝで取り調べたこともあり、否認した部分は否認のまゝの調書がとられているのに、明治乳業より建物買受代金の話が記載されていないところよりみると、判示第二、第三の金員は明治乳業より建物買受代金として田中昇に渡したとの弁解は検察官の取調べの際にはなされていなかつたものと認められる。この事実と前記認定のとおり昭和三八年三月当時は未だ明治乳業健康保険組合より建物買受の契約は成立していなかつたという事実とを総合すれば、判示第二、第三の金員に関する被告人弁護人の主張は被告人が後からこじつけた理くつとみるのほかない(この点については二審判決も原一審判決の認定を是認しているところである)。

(適条)

公職選挙法第二二一条第一項第五号、第二三九条第一号(第一二九条)、刑法第五四条第一項前段、第一〇条(重い交付罪の刑による、禁こ刑選択)、第四五条前段、第四七条、第一〇条、第二五条第一項第一号、刑事訴訟法第一八一条第一項本文

(昭和四〇年二月一二日付起訴状公訴事実に対する無罪理由)

田中昇が右起訴状第一の一ないし六、第二の各金員を起訴状記載の者に供与した事実の認められることは先に認定したとおりであるが、右供与につき被告人が田中昇と共謀した事実は差戻しを受けた当審で取調べた全証拠によるもこれを認めるに足るべき証拠がない。

二審判決は先に摘示したとおり「右金員を授受する以前、田中昇、被告人の両名は、吉川孫右衛門を訪れる等なし、選挙対策、殊に各地区別の獲得票数の予定ならびに買収等の選挙運動の方策をたてたり、あるいは対立候補を断念させる等の方法まで話合い、これが資金として被告人において約三〇〇万円を調達支出し、右運動に関する金銭の支出は一切田中昇において行い、殊に金銭の支出を伴う選挙運動(買収等の違法な運動)は一切被告人において関係しないことゝする旨の協議をもしたことが記録上散見でき、しかも田中が支出した金員のうち、橋本由之助、竹端競、下尾伊名太に供与した金員については、被告人もこれを指示するなどして関与していることがうかゞいうるところである」と指摘している。

なるほど(1)田中昇(k38・5・28)中「三月一〇日ころ、石川と私と京都の京屋に吉川孫右衛門を訪ねた時、滋賀郡では石川清嗣、木村新太郎、宮上種雄、森つる、西村光男の五名が立候補するだろうと予想されていたので、以前社会党から立候補して当選し、現在は自民党員になつている宮上種雄を当選させないで石川を当選させるためには、社会党系の森つるさんには当選しない程度に応援して宮上の票を喰わせる必要があると吉川さんが教えてくれました。石川さんが席をはずした間に吉川さんに「ひとつ石川さんに三〇〇万出せと言つて下さい」とお願したところ、引受けてくれ席に戻つて来た石川さんに「選挙費用は三五〇万円位出してやらないかん」と言つてくれたので、私の言つた数字より大きかつたので、内心驚いていると吉川さんは「松井におりて貰おうと思えば、五〇万円は出さないかん」と言われたので、同じ志賀町を基盤にする石川の票が喰われるので、松井幸三郎に立候補を断念さすために五〇万円を松井に渡す必要があつて、私のお願いした数字より五〇万円多く石川さんに言つたのだと分りました。私は石川さんに「三〇〇万円は作つて貰わないかん」と言つたところ、石川さんは「そんなに沢山出してひつかかつたらかなわん」と言いますので、私が「そんなこと心配せんでもわしにまかしとけ」と言つてやりました」なる旨の供述記載

(2)被告人(k、38・5・27)中「田中からこれまで選挙の経験の深い。私達とも親交のある吉川孫右衛門さんに選挙の話をきいてみようと誘われ、三日上旬京都祇園の京屋で私と田中が吉川さんと話をしたことがあります。吉川さんから選挙の当選予想をするには、予想投票者数を立候補予定者数で割つて、その上に一、〇〇〇票以上の票を加えた数字以上の票がえられゝば当選できるということを教えて貰いこれを具体的に計算してみたところ、三、五〇〇票以上の投票があればよく、四、〇〇〇票あれば当選確実という数字が出ました。田中は三〇〇万円運動資金を出せというので、私はもし違反があれば困るからと言つたのですが、田中は「違反がでても自分がひつかむり、絶対に候補者に及ぼさない」と約束するので、それならと私も立候補すればそれ位の金を用意する心がまえができました。吉川さんから、その時運動員に渡すような金は候補者としてはさわるべきでないという忠告がありました」なる旨の供述記載

(3)玉谷治清(k、38・5・21・ト)中「兄清嗣の家の台所でこたつにあたりながら、兄と話した時、兄から「堅田の方でお前の知つている人にわしの応援するよう頼んでくれ」と頼まれたので、私は通称かざり屋と呼んでいる竹端競、通称大長と呼んでいる橋本由之助しか知らず、その人達にはすでに頼んであると話したところ、兄は「かざり屋は三万円大長は五万円でえゝやろう、頼んでおいてくれ」というので、二、三日後選挙事務所に予定されていた木の下屋旅館に行つた時、田中昇さんから「かざり屋と大長を頼むで」と言われたので、私は「兄からかざり屋へ三万円、大長に五万円渡せと兄から聞いて来た」と伝えると、田中は「あゝそうか」と承知しました」なる旨の供述記載

(4)被告人(k、38・5・27)中「田中昇から下尾さんに金を渡す前にその話を田中君から聞いたことはあります。しかしその時下尾さんの事については、いろいろ聞いたので「大丈夫か、やめといた方がえゝのではないか」と言つたところ、田中君は「いや大丈夫大丈夫、おれにまかしとき」というので、私は金の使い道は全部田中君に一任してありましたから、それ以上は言いませんでした」なる旨の供述記載

があるが、橋本由之助、竹端競は追起訴の受供与者中にはないし、下尾伊名太についても前記(4)の被告人の供述記載では被告人が積極的に指示したとは認め難い。また(1)、(2)の供述記載に現われる京屋における吉川、石川、田中の会談模様も吉川、田中の発言が主であつて、これらをもつて追起訴の供与の事実について、田中、被告人間に共謀があつたとするには不十分である。

二審判決も「これが裏付の証拠はともかくとして」と言い、或は「うかゞいうるところである」という表現を用いているところよりみると、共謀を認めるに足る十分な証拠が揃つているとは見ていない様である。差し戻しを受けた当審で更に証拠調べをした結果も右共謀の事実を認めるに足るべき証拠はでなかつた。

よつて右追起訴の事実は証拠不十分として刑事訴訟法第三三六条により無罪の言渡をすべきものとする。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は追起訴の供与金員は本起訴の交付金員の一部であり同じ金の授受について二重に起訴されたことになるから、刑事訴訟法第三三八条第三項に該当すると主張するが、金は同一の金が動いたとしても、本起訴と追起訴とは日時、場所、授受当事者がいずれも違い、罪名、罰条も違うのであるから二重起訴には該当しない。

また弁護人は本起訴の交付罪と追起訴の供与罪は吸収関係に立つのか併合罪に立つのかは裁判所の見解によるという様な起訴の仕方は不適法であり、本起訴と追起訴の金員の関係不明確でこの様な起訴は訴因不明確であるから刑事訴訟法第三三八条第四号に該当すると主張するが、検察官は本起訴と追起訴とは併合罪の関係にあるとして起訴しているのであり、起訴状に公訴事実として記載してあるところをみれば訴因としては明瞭であり、刑事訴訟法第三三八条第四号該当のかしはない。

(裁判官 中村三郎)

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